ポカホンタス
タイドウォーター・ヴァージニア(バージニア州の東部海岸の低地帯、当時はテナコマカ Tenakomakah と呼ばれた)一帯すべてを統治する強大なインディアン部族の酋長ポウハタン(本名はワフンスナコク Wahunsunacock またはワフンセナカウ Wahunsenacawh)の娘であった。彼女は読み書きができなかったので、現在彼女について知られていることはすべて後の世代に他人の口を通して語られたものであり、歴史上の人物としての彼女の考え、感情、動機などは分からないところが多い。それゆえ彼女の物語はロマンティックな誇張のもととしては完璧であり、死後何百年も悲劇の主人公であり続けている。(たとえば、ディズニーの映画化した『ポカホンタス』など。)
なおアメリカ現地における彼女の名の発音は「ポカハンタス」に近い。
ポカホンタスは1607年、テナコマカに建設されたヴァージニア植民地に初めて入植したイギリス人ジョン・スミスを父ポウハタンが処刑しようとしたのを止めたと言われている。ジョン・スミスはもと兵士で船乗りであり、ヴァージニア会社に参加してヴァージニア初の入植地ジェームズタウンを建設しその後リーダーになったが、川を遡る探検の途中にインディアンに捕まり処刑されようとしていた。彼によれば、その時酋長の娘が彼の前に身を投げ出したおかげで助かり無事戻ることができたのだという。
この逸話は物語の筋書きの定型である可能性の高いもので、読者にジョン・スミスを部族の「友人」として受容させるための象徴的なエピソードとして使われた。事実かどうかは証明されてはいない。当時ポカホンタスはわずか11歳であり、しかもジョン・スミスはその年イングランドから到達したばかりであり、古くからの仲ではなかった。またスミスもその時ポウハタン語を理解せず、何が起こっていたか誤解した可能性もある。彼が「インディアンの娘に助けられた」と主張し始めるのはポカホンタス死後のことで、それまでの20年の間、イギリスに帰還したあとで出版し続けた北米植民地に関する雑多な論文のどれにもこの逸話が書かれていないため、スミスの主張は「作り話」とみなされている。
いずれにせよ、インディアンとスミスやその他のジェームズタウン入植者との友好関係が築かれ、ポカホンタスはしばしば入植地を訪れ子供たちと遊ぶようになった。1608年冬ジェームズタウンが炎上した厳しい時期も、ポカホンタスは食料を届け、入植地を全滅の危機から救った。
1612年、ポウハタン族に捕らわれたジェームズタウン入植者の身代わりとするため、ポカホンタスは誘拐され、ジェームズタウンで捕虜となった。彼女の解放条件として提示されたのは、捕虜となっていたイギリス人の解放、盗まれた武器の返還、トウモロコシによる多額の賠償の支払いという過大な条件であった。この時期、彼女は英語を教わり、ジェームズタウンの宗教指導者で二つの教会を作ったアレクサンダー・ウィテカーより洗礼を受けた。(一説には、捕まる前に彼女には一族の中に婚約者がいたというものもあるが定かではない。)洗礼を受けた後、1614年4月5日に彼女はヴァージニアにタバコ栽培を確立したジョン・ロルフと結婚し、名を「レベッカ・ロルフ」と変えられた。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ポカホンタスについて調べてみました。
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